麻原逮捕時の模様も生々しく

2018年3月17日(土)02時45分更新
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オウム真理教事件を、絶対に風化させない。
「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人・高橋シズヱさんのエネルギッシュな活動は、
ここに来てさらにパワーアップした感じだ。
1995年に都内の営団地下鉄3路線、5車両内でサリンが散布され13人が死亡し6286人が重軽傷を負った無差別テロ事件。
被害者の中に、地下鉄霞が関駅の助役だった高橋さんの夫・一正氏も含まれていた。

その後被害者の先頭に立ち情報を発信してきた高橋さんは、
当時の死体検案書と死亡証明書を、公安調査庁のHpにも
公開している。
この日は「地下鉄サリン事件から23年の集い~その時被害者は、警察は~」と題したイベントを都内で開催。
各方面に呼び掛けた努力もあり、会場は報道陣を含めた175人の参加者で埋まった。

今年は地下鉄サリン事件発生当時、警視庁捜査第一課に勤務していた原雄一氏が登壇。
教祖麻原彰晃が第6サティアンの1階天井裏に作られた内鍵のかかったスペースに潜んでいたこと
を見破られ、ハンマーなどで破壊して逮捕された時の様子などが生々しく語られた。
当時、麻原は966万円の現金を持っており、大量の食糧と水をこのスペースに持ちこんでいたという。

死刑13人、無期懲役6人、実刑81人、執行猶予87人、罰金3人を出した大事件が、
死刑囚の移送により注目を集めてはいる。
しかしそれも、時がたてば取り上げられる機会は激減するだろう。
一方で、原氏は15都道府県にまたがる34施設の教団施設に対する懸念も指摘。
アレフが1650人、分派30人、光の輪150人、ロシアにも460人の信者が存在するという。

また、高橋さんは事件とともに生活が一変し、連日何社もの取材に追われPTSD(心的外傷後ストレス障害)
に苦しめられたことも告白。
その後アメリカに渡り911などの被害者遺族や支援者との交流を通し、自らが成長してきた
道のりを振り返った。


今回は参加者の意見を集約し、発表する「シェアタイム」と題したグループトークも開催。
アイディアや意見を共有した。

被害者にとっては、今も事件は続いている。そのためにも、事件を風化させてはいけない。
高橋さんたち「被害者の会」の活動は、これからも続く。
(ジャーナリスト・小川朗)


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