北アイルランドでの恐怖体験

2019年7月19日(金)02時17分更新
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北アイルランド・ロイヤルポートラッシュでの全英オープンが開幕して、35年前の恐怖体験を思い出した。
岡本綾子が出場したアイリッシュ女子オープン(クランデボイエGC)の取材に出かけたのはいいが、この頃のベルファストは治安が最悪だった。
IRA(アイルランド解放戦線)の爆弾テロが頻発していたからだ。LPGAのオフィシャル・ホテルとなった「ベルファスト・フォーラム」は敷地全体に鉄条網が張り巡らされ、駐車場の入口で車を降り、トランクを開けられボディーチェックを受ける有様だった。
というのもこのホテル、当時32回も爆破され、ありがたくない世界記録を更新中でもあったからだ。バーには爆破直後の惨状と復旧後の写真が交互に飾られていた。
そこでたまたま居合わせたロンドンのタブロイド紙の記者は「ここのところ取材は
ここかベイルートばっかり」とぼやいていた。
筆者は当時東スポに入社3年目。24歳の若造ながら独身で身軽なことから、
海外特派員に抜擢され、ゴルフトーナメントの取材で海外生活を続けていたが、
後にも先にもここまで緊張感を強いられ続けたトーナメントウイークはなかった。
しかもこの1週間、最初から波乱続きだった。着いたばかりの、10月9日月曜日。練習ラウンドを終えた岡本と親友のパティ―・リゾの乗ったレンタカーが、このホテルの目の前でトラックに追突された。幸いなことに2人にケガはなかったが、現場検証は前後と頭上でサブマシンガンを構えた警官に守られながら、装甲車の中で行われた。
当時テロの標的となっていたのは政府と警察であったからだ。
余談だが、この時日本の広告代理店スタッフとして警察との間に入り通訳を務めたチェリン・グラックは、のちにハリウッドの映画監督となり「杉原千畝」「サイドウエイズ」などの作品を生み出す。
事故が起きた日、現地入りしていた日本の報道陣は一社だけ。
そのため完全な独占スクープの形で東京に送稿した。
岡本はこの前週、全英女子オープンで2位に11打差をつけるぶっちぎり優勝。
シーズン3勝目を挙げ賞金ランク3位につけていただけに、
この事故の衝撃度は凄まじいものがあった。
写真は東スポの広告局長時代、週刊パーゴルフで50回に渡り連載した
「これが東スポだ!ゴルフスクープの作り方」の第2回。
この事故のことは記者生活の中でも印象深く、真っ先に書くべきネタだと思っていた。
ちなみにこのホテル、もう一度爆破され「ヨーロッパホテル」と名を変えてからも
33回の記録を保持していると、現地にかけた電話取材で聞いた。


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